2019年5月30日木曜日

帝塚山音楽祭の時期の阪堺電車 2019

5月26日は3週間ぶりに阪堺電車の撮影へ出掛け、5月25・26日の2日間開催されている帝塚山音楽祭のフラッグを掲出した車両や外観に変化が生じた車両を中心に撮影をしましたが、今回の記事では帝塚山音楽祭関連の画像をご紹介したいと思います。


こちらが帝塚山音楽祭のフラッグで、今年は33回目の開催となりました。


こちらは早朝に住吉で同好の方々とお話させていただきながら撮影した帝塚山音楽祭のフラッグを掲出した黄金糖の広告車両のモ601形モ602です。


午後には同好の方と浜寺駅前まで足を延ばしましたので、ここでも帝塚山音楽祭のフラッグを掲出した黄金糖の広告車両のモ601形モ602を撮影しました。


今年も外観に変化が生じた他の車両を撮影してましたので帝塚山音楽祭のメイン会場である万代池公園へは行けませんでしたが、当日立ち寄った我孫子道でポスターは撮影しました。


2019年5月26日日曜日

街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編 第5回 港区

今回は「街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編」の記事になりますが、第5回となる今回は港区でございます。今回の港区は1925年に当時の西区と北区の一部を分離して新設された区で、1925年当時は現在の大正区の区域も港区でしたが、1932年に分区されました(詳しくはWikipediaをご覧ください)。


港区最初の街区表示板は左の画像の「港区波除三丁目11」であります。


その「港区波除三丁目11」の住所に該当するのはJR大阪環状線弁天町駅で、こちらの上の画像はJR弁天町駅南口であります。


こちらの上の画像はJR弁天町駅のホームで、内回りの1番線ホーム225系5000番台の関空紀州路快速が停車しているところです。


こちらはの上の画像はJR弁天町駅東側にある現在はコインパーキングですが、こちらは2014年4月6日に閉館した交通科学博物館があった場所であります。


交通科学博物館があった頃の外観の写真を撮ってませんでしたので、館内に展示されていた保存車の写真を少し見ていただきたいと思います。こちらの上の画像は230形蒸気機関車の233号機で、現在は京都鉄道博物館に保存されています。


こちらの上の画像の手前は蒸気機関車のD51 2号機で、現在は津山まなびの鉄道館に保存されています。そして、奥には20系寝台客車の食堂車となるナシ20 24で、こちらは京都鉄道博物館に保存されています。


こちらの上の画像は左からディーゼル機関車のDD13 638号機とDF50 18号機で、両方の機関車とも現在は津山まなびの鉄道館に保存されています。


こちらの左の画像はキハ81-3「くろしお」号で、こちらは京都鉄道博物館に保存されてますが、顔のみの撮影でもっときちんと撮っておくべきでした(汗)。


こちらの左の画像は80系クハ86001で、こちらも現在は京都鉄道博物館に保存されてますが、今となってはキハ81同様にもっときちんと撮っておくべきだったと後悔しております(汗)。


そして、同じく「港区波除三丁目11」の街区表示板の住所に該当するのは大阪メトロ中央線弁天町駅で、第2回の西区の回でご紹介した隣の九条駅同様に地下鉄でありながら高架駅であります。上の画像は2B出入口であります。


こちらの上の画像は本町・森ノ宮・長田・生駒・学研奈良登美ヶ丘方面行きの1番線ホームで乗り入れ先の近鉄の7000系が停車しているところです。


こちらの上の画像は1番線ホームの九条寄りから撮影した20系です。


次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「港区築港三丁目5」であります。


その「港区築港三丁目5」の住所に該当するのは上の画像の大阪メトロ中央線大阪港駅であります。この大阪港駅も先ほどの弁天町駅同様に高架駅となっております。また現在この大阪港駅のある場所は大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)中央線開通以前に大阪市電が走っていた頃には築港線と築港北海岸通線の合流点の三条通四丁目電停があった場所で、大阪市電時代の築港線終点となる大阪港電停大桟橋(現在の中央突堤)手前にあったそうです(詳しくはWikipediaをご覧ください)。


こちらの上の画像は現在の大阪港駅のホームで、島式1面2線のホームとなっております。この写真を撮影したのは早朝でしたので比較的空いてましたが、海遊館が開館する時間帯になると平日・休日問わずに観光客の方々で賑わう場所であります。


次はほんの少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「港区海岸通一丁目5」であります。


その「港区海岸通一丁目5」の街区表示板の住所に該当するのは大阪港の中央突堤です。こちらの上の画像は先ほどの大阪メトロ中央線大阪港駅の文中に出てきました大阪市電築港線大阪港電停があったであろう中央突堤手前から撮影したものです。


次はそれなりに移動しまして、左の街区表示板の画像の「港区福崎三丁目1」であります。


その「港区福崎三丁目1」に該当するのは2006年4月1日まで存在したJR貨物大阪環状線の貨物支線(通称:大阪臨港線)浪速駅とその周辺であります。このかつて存在したJR貨物大阪環状線の貨物支線(通称:大阪臨港線)は現在のJR西日本大阪環状線の弁天町駅と大正駅の間にあった境川信号場から分岐していた貨物線で、全面廃止の2006年4月1日時点では浪速駅までの路線でしたが、1984年2月1日まではその先の大阪港駅(読みは「おおさかみなとえき」)及び大阪東港駅(読みは「おおさかとうこうえき」)までの路線でした(詳しくはWikipediaをご覧ください)。こちらの上の画像は浪速駅手前の三十間堀川に架かる橋梁で、今年の3月に廃線後初めて訪れましたが、まだ橋梁は残されたままでした。


こちらの上の画像はまだ廃線前にディーゼル機関車のDD51が単機で橋梁を渡っているところです。


こちらの上の画像はかつての浪速駅の敷地の一部で現在は佐川急便の営業所となっておりますが、入口の左側にまだ「浪速駅」へ案内する矢印の看板が残っているのが確認できます。


こちらの上の画像は「浪速駅」へ案内する矢印の看板を拡大して撮影したもので、今回はこれで終了です。


今回の港区に関しましては最後の大阪臨港線の廃線跡の一部を初めて訪問できたのが一番の収穫でありました。


2019年5月23日木曜日

阪堺モ701形モ710 フォト・ギャラリー

阪堺モ701形モ710のフォト・ギャラリーです。


阪堺線住吉停留場(2番のりば)に停車する「アドベンチャーワールド」(画像は2009年の広告塗装)の広告車両だった頃のモ701形モ710。


上町線・阪堺線の交差する住吉停留場付近を走る「アドベンチャーワールド」(画像は2011年の広告塗装)の広告車両だった頃のモ701形モ710。


阪堺線住吉停留場(2番のりば)に停車する「アドベンチャーワールド」(画像は2013年の広告塗装)の広告車両だった頃のモ701形モ710。


同じく阪堺線住吉停留場(2番のりば)に停車する「アドベンチャーワールド」(画像は2015年の広告塗装)の広告車両だった頃のモ701形モ710。


同じく阪堺線住吉停留場(2番のりば)に停車する映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』のチューバッカトレイン(画像は2018年の広告ラッピング)だった頃のモ701形モ710。


同じく阪堺線住吉停留場(2番のりば)に停車する「SPハウジング」(画像は2018年の広告塗装)の広告車両のモ701形モ710。


上町線・阪堺線の交差する住吉停留場付近を走る「BestLife」(画像は2006年の広告塗装)の広告車両だった頃のモ701形モ710。


これらの画像は阪堺電気軌道 モ701形 モ710 - MYSTERY TRAIN PHOTO GALLERYでも公開しております。


2019年5月21日火曜日

叡電900系展望列車「青もみじきらら」を撮る

前回の記事で京都方面へ出掛けたと書きましたが、5月12日は叡山電鉄900系展望列車「青もみじきらら」の撮影に行って来ました。


まずは鞍馬線木野駅に停車しているところを撮影しました。これまで紅葉をイメージした「メープルレッド」と呼ばれる色だった901-902号車が今回の「青もみじきらら」の爽やかな新緑をイメージして「メープルグリーン」という色に変更されましたが、鮮やかな黄緑色がなかなか印象的でよく似合っていると思いました。


次は岩倉駅近くを走っているところを撮影しました。


こちらは同じ場所で撮影した以前の「メープルレッド」だった頃の画像です。


こちらは叡山本線元田中駅に停車している「青もみじきらら」を後追いで撮影したものです。


こちらは鞍馬線八幡前駅に停車しているところを撮影しました。最初の木野駅で撮影した分と変わらない絵になってしまいましたが。。


最後は叡山本線一乗寺-茶山間で走っているところを撮影しました。


2019年5月18日土曜日

京阪8000系特急プレミアムカーに乗る その2

5月12日は約一年ぶりに京阪8000系特急プレミアムカーに乗って京都方面へ出掛けてきました。


淀屋橋駅に到着しまして、昨年同様に駅事務所のプレミアムカー券うりばへ向かいます。


今回はダイヤ変更前の前回の乗車の際には設定されてなかった7時10分発特急のプレミアムカー券を購入し、無事に一人席を確保できました。


プレミアムカーの乗車口と行先案内を絡めて撮影しました。4番線の行先案内の先発に自分が乗車する7時10分発の出町柳行き特急が表示されています。


7時10分発の出町柳行き特急が4番線に入線しましたので乗車します。


プレミアムカーの車内です。


アテンダントさんが京阪電車の沿線情報誌「K PRESS」を配布されていたのでいただきました。今回いただいたのは初夏の増刊号で青もみじが表紙のものでした。


そして、帰りも出町柳でプレミアムカーを購入しました。帰りも無事に一人席を確保。


復路の座席の「14C」は下りでは一番前で上の画像の壁面タイプのテーブルとなりますので記念に撮影しました。


今回は記事自体が簡単なもので申し訳ございませんが、今回も往復共に非常に快適でありました。


2019年5月16日木曜日

近江鉄道八日市線新八日市駅

5月8日の記事で5月3日に引退間近の近江鉄道700形あかね号を撮影したことを書きましたが、当日は近江八幡駅から近江鉄道に乗りましたので八日市線新八日市駅にも立ち寄りました。


この新八日市駅は1913年12月29日に湖南鉄道の八日市口駅として開業し、1919年7月1日に新八日市駅に改称、1922年にこちらの現在の駅舎が建てられたそうで、1944年3月1日に近江鉄道に合併されてからは同社の駅として現在に至ります(Wikipediaから引用しました)。木造の洋風建築の駅舎で、訪問した時は建物のほぼ半分が蔦(ツタ)で覆われていました。


こちらは駅舎の入口を拡大して撮影したものです。入口の引き戸がアルミサッシに替えられているのは少々残念でしたが、それ以外はさすが年代物の建物だけに趣きが感じられました。


こちらは駅舎の入口の駅名標を撮影したものです。


こちらは駅舎の中を撮影したもので、奥に改札口と切符などを扱っていた窓口が写っています。


こちらは駅舎の中を先ほどの奥側から入口側を撮影したもので、右側には木造の長いベンチが写っています。


こちらは近江八幡方面の下りホーム側の構内踏切辺りから駅舎を撮影したものです。


こちらは八日市方面の上りホーム側から木造の改札口と横のベンチを撮影したものですが、それぞれかなり年季が入ってイイ味を出してます。


こちらも上りホーム側から窓口や木造のベンチなどを入れて撮影したもので、ドアがアルミのものになっていたり、駅名標が外れたりしてはしてますが、こちらも年季が入ってイイ味を出してます。


こちらは近江八幡方面の下りホームを撮影したものですが、こちらの下りホームは屋根の支柱が鉄骨であったりと駅舎のある上りホームと比べて新しいようです。


こちらは構内踏切内から撮影した右側が駅舎のある上りホーム、左側が下りホームです。この構図だと上下ホームで屋根の支柱や擁壁などの違いがわかります。


こちらは下りホーム側から構内踏切を撮影したものです。


最後は八日市方面の列車で赤電塗装の820系が来ましたので駅舎を絡めて撮影しました。