2018年11月20日火曜日

近鉄2800系万博誘致ラッピング車両を撮る

今回は2ヵ月以上前とかなり前の撮影分となりますが、9月9日に近鉄2800系2808F(AX08)による万博誘致ラッピング車両を撮影しました。


この万博誘致のラッピング車両は走り始めた今年の5月下旬から撮りたいと思いながら中々出会うことがなかったのですが、9月9日に泉北ライナーによる特急サザンの撮影で南海本線に出掛けていた帰りの近鉄電車から河内山本で待避しているのが見えたのでこれはチャンスだと思い、どうにか五位堂で撮ることができました。


こちらは車体側面のラッピングの全体を撮ったものです。


こちらは同じく車体側面のラッピングの万博誘致のログマークを拡大して撮ったものです。


最後は窓下の文言を拡大して撮ったもので、「2025年万博誘致に向けて駆け抜けよう!近鉄グループは2025年万博誘致を応援しています」の文言が書かれていました。


11月23日に開催地が決定するそうですので是非とも大阪に決まってもらいたいものです。


2018年9月9日 大阪線五位堂 4541レ AX08


2018年11月18日日曜日

阪堺モ701形モ710「SPハウジング」広告車両(2018年塗装更新車)を撮る

今回も周回遅れの話題となりますが、10月下旬にSPハウジングの広告車両に変更された阪堺モ701形モ710について触れてみたいと思います。


こちらは10月28日に阪堺線住吉停留場2番のりばに停車しているところを後追いで撮影したものですが、この日は朝から運用を調べていてもこのモ710は運用に入っておらず、我孫子道の車庫を見て来られたいつもお世話になっている同好の方が「モ710は予備車の2番手のところに停まってました」と教えてくださって、2番手だとまずないと諦めていたのですが、その後同じ運用で2回電車の差し替えが起こるという奇跡がありましたので運良く撮影することができました。これまではアドベンチャーワールドの広告車両のパンダ電車として親しまれてきたモ710ですが、今回広告主さんが変わって塗装も変更となり、車番もモ501形やモ351形の塗装変更時と同じくこれまでの切文字が外されて字体も変わり、戸袋窓下部に左から「出口 EXIT」、「入口 ENTRANCE」と漢字と英語でそれぞれ大きく表示されるようになりました。今回の塗装はどこか美味しそうなスイーツみたいな塗装で、同好の方が関西では馴染み深い王将アイスキャンデーのようと例えられて「なるほど!」と思いました。


こちらは11月4日に阪堺線住吉停留場2番のりばに停車しているところを前パン側から撮影したものです。この日は天浜運用でしたが、早朝は曇っていたので運良く前パン側から撮影することができました。


最後は11月11日に上町線帝塚山四丁目停留場に停車しているところを真横から撮影したものです。先述した戸袋窓下部の左から「出口 EXIT」、「入口 ENTRANCE」とそれぞれ漢字と英語で表記されてますが、モ501形やモ351形と違って左側と中央の戸袋窓の大きさが違うのでそれぞれの大きさに合わせた表記となってました。


2018年11月16日金曜日

京福モボ631形 フォト・ギャラリー

京福モボ631形のフォト・ギャラリーです。


北野線宇多野駅に停車する旧標準色のモボ631形633号車。


北野線御室仁和寺駅に停車するZ型パンタグラフだった頃のモボ631形631号車「江ノ電号」。


これらの画像は京福電気鉄道 モボ631形 - MYSTERY TRAIN PHOTO GALLERYでも公開しております。


2018年11月13日火曜日

阪堺モ701形モ702の広告車両が「和光グループ本社」から「和光ホームズ」へ社名変更

今回は一か月以上前の周回遅れの話題になりますが、今年の2月に塗装が更新されたばかりの阪堺モ701形モ702の広告主である「和光グループ本社」が社名変更されて広告塗装の方も若干の変化がありましたので少し触れてみたいと思います。

10月7日は堺まつりとすみ博のフラッグ掲出車両の撮影に阪堺電車を訪問していたのですが、朝に住吉で撮影してますとお越しになられたいつもお世話になっている同好の方が住吉から我孫子道方面へと行くモ701形モ702を見て「ドアの亀さんのマークが変わってますね」とおっしゃられて、その時自分は全く気が付かなかったのですが、同好の方とお別れして我孫子道から戻ってきたモ701モ702を影だらけながらも車体側面を撮影して画像を確認しますと、同好の方がおっしゃられていた通りにドアの窓下の亀のマークが変更されているのが確認でき、更に社名がこれまでの「和光グループ本社」から「和光ホームズ」に変更されているのも確認できました。


こちらの画像は昼前に運良く曇ってくれたので前パン側からできたもので、こちら側からだと車体側面の社名が「和光グループ本社」から「和光ホームズ」に変更されているのがよくわかります。あとこの画像ではわかりにくいですが、この社名が変更された箇所は塗装ではなく、上からステッカーで貼られていました。


こちらは同じ場所で撮影した以前の「和光グループ本社」の社名だった頃のモ701形モ702です。


こちらは後追いで撮影したものですが、ドアの窓下の亀が着色されて描かれていたものが単色となり、亀の絵の横の文言もアルファベットで「WAKO HOUSE」と書かれています。こちらの亀のマークも上からステッカーを貼ったものとなっていました。


こちらは同じ場所で撮影した以前のドアの窓下の亀が着色されて描かれていた頃のモ701形モ702ですが、亀の絵の下の文言が漢字で「和光の家」と書かれていました。


2018年11月11日日曜日

近鉄16200系観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」による青の交響曲(シンフォニー) ハロウィン パン&スイーツ フラワー号(2018年10月運行分)を撮る

今回も先月の撮影分となりますが、10月31日に近鉄16200系観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」を使った青の交響曲(シンフォニー) ハロウィン ランチ&スイーツ フラワー号が運転されたので撮りに行って来ました。

今回運転された青の交響曲(シンフォニー) ハロウィン ランチ&スイーツ フラワー号は古市駅と南大阪線沿線を中心に店舗を展開されているパティスリーフラワーさんとのコラボ企画の貸切列車としてのツアーで、ルートは通常の青の交響曲(シンフォニー)と同じく大阪阿部野橋-吉野間の往復でしたが、パンフレットの行程にはツアーに参加された乗客の方々は始発の大阪阿部野橋以外に途中フラワーさんの店舗のある河内松原、藤井寺、古市からの乗車も可能でしたので、通常の青の交響曲(シンフォニー)が停車しない河内松原、藤井寺、古市にも停車したようです。


時間がなかったので飛鳥駅で停車しているところを撮影しました。


前面窓の行先表示器の上には「青の交響曲(シンフォニー) ハロウィン ランチ&スイーツ フラワー号」の副標が貼られていました。副標を掲出したパティスリーフラワーさんのツアー列車を撮影したのは今回が初めてでしたのでうれしかったです。


2018年11月8日木曜日

京阪7000系 フォト・ギャラリー

京阪7000系のフォト・ギャラリーです。


京阪本線森小路-千林間を走る7000系オリジナル塗装車。


同じく京阪本線森小路-千林間を走る7000系リニューアル塗装車。


これらの画像は京阪電気鉄道 7000系 - MYSTERY TRAIN PHOTO GALLERYでも公開しております。


2018年11月6日火曜日

阪堺 ちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想発表会

10月28日は阪堺電車の我孫子道停留場が最寄りのあびこ道商店街で「ちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想」の発表会がありましたので見に行ってきました。


こちらがあびこ道商店街のアーケードで、当日はあびこ道商店街にぎわい祭りが開催されていました。


こちらは今回新調されたちん電あびこ道商店街の幟で、阪堺電車のマスコットキャラクターのちん電くんも描かれています。


「ちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想」の発表会の会場に到着しますと、発表会の前に南京玉すだれが披露されていましたので撮影しました。


そして、住吉区住みます芸人のダブルヒガシのお二人(東良介さん、大東翔生さん)の司会進行で「ちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想」の発表会が始まり、住吉区のマスコットキャラクターのすみちゃんも応援に駆けつけてくれました。司会進行のダブルヒガシのお二人は今年のM-1グランプリの3回戦を突破されまして、発表会の後には漫才を披露してくださいました。


ちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想の発表会が始まり、あびこ道商店街振興組合の前田洋一理事長、


清水丘地域活動協議会の山口守正会長、


阪堺電気軌道の細井康史取締役社長、


住吉区の朝川晋区長がちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想について熱く語られ、挨拶をされました。


発表会が終了してダブルヒガシのお二人の漫才が始まる間にこの清水丘に本社がある黄金糖さんの飴がすみちゃんから発表会を見に来られた方々に配られました。


終了後はちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想で発表された商店街内の写真の展示の中で大和ツーリストさんで阪堺電車の昔の写真の展示をしているところを撮りました。今回見ただけでも貴重な写真が多く展示されてましたが、商店街の他の場所にも展示されてますのでまたじっくり見てみたいと思います。


商店街や公設市場が日常の買い物の中心だった頃を知っている昭和生まれの人間としてはこのちん電あびこ道商店街ミュージアム化構想がきっかけで商店街の賑わいが再び戻ってきてくれることを願うばかりであります。