今回はかなり前の撮影分となりますが、5月3日に近江鉄道へ700形あかね号の撮影に訪れた際に820系822F赤電復刻塗装車も撮影できましたので取り上げてみたいと思います。
当日は近江八幡から100系(2代)101Fに乗車しましたが、最初にすれ違ったのが820系822F赤電復刻塗装車でしたので、駅を撮影するために下車した新八日市駅で待つことにしました。
そして、次の八日市行きとして820系822F赤電復刻塗装車が新八日市駅に到着しましたので停車しているところを撮影しました。
そして、発車した820系822F赤電復刻塗装車を振り向いて後追いで撮影しました。
その後は八日市から折り返しの近江八幡行きとなり、近江八幡からは彦根行きとなりましたが、彦根に到着後は入庫となりましたので、その後は残念ながら編成写真を撮ることができませんでした。
2019年7月23日火曜日
2019年6月6日木曜日
近江鉄道100形(2代)を撮る その1
今回も最近の話題ではありませんが、5月3日に近江鉄道へ訪問した際に前回の訪問時にまだデビューしていなかった近江鉄道100形(2代)も撮ることができましたので取り上げてみたいと思います。
この近江鉄道100形(2代)は西武鉄道から譲渡された新101系または301系を改造して導入された車両で、こちらの上の画像は八日市線新八日市駅で撮影した2013年12月デビューの第1編成となる新101系を改造した101Fで、この画像では判り難いですが、乗務員扉横に「湖風号」というエンブレムが貼られていて、スカートが取り付けられてました。
こちらは本線高宮駅で撮影した2014年12月デビューの第3編成となるこちらも新101系を改造した103Fで、この103Fには「湖風号」のエンブレムは貼られてなく、スカートも取り付けられていませんでした。
次回もし訪問できる機会がありましたら、301系を改造した104Fと105Fも撮りたいですね。
この近江鉄道100形(2代)は西武鉄道から譲渡された新101系または301系を改造して導入された車両で、こちらの上の画像は八日市線新八日市駅で撮影した2013年12月デビューの第1編成となる新101系を改造した101Fで、この画像では判り難いですが、乗務員扉横に「湖風号」というエンブレムが貼られていて、スカートが取り付けられてました。
こちらは本線高宮駅で撮影した2014年12月デビューの第3編成となるこちらも新101系を改造した103Fで、この103Fには「湖風号」のエンブレムは貼られてなく、スカートも取り付けられていませんでした。
次回もし訪問できる機会がありましたら、301系を改造した104Fと105Fも撮りたいですね。
2019年5月16日木曜日
近江鉄道八日市線新八日市駅
5月8日の記事で5月3日に引退間近の近江鉄道700形あかね号を撮影したことを書きましたが、当日は近江八幡駅から近江鉄道に乗りましたので八日市線新八日市駅にも立ち寄りました。
この新八日市駅は1913年12月29日に湖南鉄道の八日市口駅として開業し、1919年7月1日に新八日市駅に改称、1922年にこちらの現在の駅舎が建てられたそうで、1944年3月1日に近江鉄道に合併されてからは同社の駅として現在に至ります(Wikipediaから引用しました)。木造の洋風建築の駅舎で、訪問した時は建物のほぼ半分が蔦(ツタ)で覆われていました。
こちらは駅舎の入口を拡大して撮影したものです。入口の引き戸がアルミサッシに替えられているのは少々残念でしたが、それ以外はさすが年代物の建物だけに趣きが感じられました。
こちらは駅舎の入口の駅名標を撮影したものです。
こちらは駅舎の中を撮影したもので、奥に改札口と切符などを扱っていた窓口が写っています。
こちらは駅舎の中を先ほどの奥側から入口側を撮影したもので、右側には木造の長いベンチが写っています。
こちらは近江八幡方面の下りホーム側の構内踏切辺りから駅舎を撮影したものです。
こちらは八日市方面の上りホーム側から木造の改札口と横のベンチを撮影したものですが、それぞれかなり年季が入ってイイ味を出してます。
こちらも上りホーム側から窓口や木造のベンチなどを入れて撮影したもので、ドアがアルミのものになっていたり、駅名標が外れたりしてはしてますが、こちらも年季が入ってイイ味を出してます。
こちらは近江八幡方面の下りホームを撮影したものですが、こちらの下りホームは屋根の支柱が鉄骨であったりと駅舎のある上りホームと比べて新しいようです。
こちらは構内踏切内から撮影した右側が駅舎のある上りホーム、左側が下りホームです。この構図だと上下ホームで屋根の支柱や擁壁などの違いがわかります。
こちらは下りホーム側から構内踏切を撮影したものです。
最後は八日市方面の列車で赤電塗装の820系が来ましたので駅舎を絡めて撮影しました。
この新八日市駅は1913年12月29日に湖南鉄道の八日市口駅として開業し、1919年7月1日に新八日市駅に改称、1922年にこちらの現在の駅舎が建てられたそうで、1944年3月1日に近江鉄道に合併されてからは同社の駅として現在に至ります(Wikipediaから引用しました)。木造の洋風建築の駅舎で、訪問した時は建物のほぼ半分が蔦(ツタ)で覆われていました。
こちらは駅舎の入口を拡大して撮影したものです。入口の引き戸がアルミサッシに替えられているのは少々残念でしたが、それ以外はさすが年代物の建物だけに趣きが感じられました。
こちらは駅舎の入口の駅名標を撮影したものです。
こちらは駅舎の中を撮影したもので、奥に改札口と切符などを扱っていた窓口が写っています。
こちらは駅舎の中を先ほどの奥側から入口側を撮影したもので、右側には木造の長いベンチが写っています。
こちらは近江八幡方面の下りホーム側の構内踏切辺りから駅舎を撮影したものです。
こちらは八日市方面の上りホーム側から木造の改札口と横のベンチを撮影したものですが、それぞれかなり年季が入ってイイ味を出してます。
こちらも上りホーム側から窓口や木造のベンチなどを入れて撮影したもので、ドアがアルミのものになっていたり、駅名標が外れたりしてはしてますが、こちらも年季が入ってイイ味を出してます。
こちらは近江八幡方面の下りホームを撮影したものですが、こちらの下りホームは屋根の支柱が鉄骨であったりと駅舎のある上りホームと比べて新しいようです。
こちらは構内踏切内から撮影した右側が駅舎のある上りホーム、左側が下りホームです。この構図だと上下ホームで屋根の支柱や擁壁などの違いがわかります。
こちらは下りホーム側から構内踏切を撮影したものです。
最後は八日市方面の列車で赤電塗装の820系が来ましたので駅舎を絡めて撮影しました。
2019年5月8日水曜日
近江鉄道700形あかね号を撮る
5月6日に引退をした近江鉄道700形あかね号をラストランの3日前となる5月3日に撮影してきました。
近江鉄道へは約12年ぶりの訪問でしたが、これまで今回引退する700形あかね号を一度も撮影したことがなかったので失敗する確率の少ない駅停車の写真を撮ることにし、本線・多賀線高宮駅で待ちました。まずは1番線に停車する700形あかね号です。
次も同じく停車中の写真ですが、米原から折り返してきた700形あかね号を撮影しました。
最後は本線・多賀線高宮駅へ向かう前に立ち寄った本線・八日市線八日市駅で撮影した700形あかね号の車体側面に貼られていたラストランのステッカーです。
以前から撮影したいと思いながら中々訪問できずに撮影できなかった700形あかね号を最終間近ながら撮影できて良かったです。
近江鉄道へは約12年ぶりの訪問でしたが、これまで今回引退する700形あかね号を一度も撮影したことがなかったので失敗する確率の少ない駅停車の写真を撮ることにし、本線・多賀線高宮駅で待ちました。まずは1番線に停車する700形あかね号です。
次も同じく停車中の写真ですが、米原から折り返してきた700形あかね号を撮影しました。
最後は本線・多賀線高宮駅へ向かう前に立ち寄った本線・八日市線八日市駅で撮影した700形あかね号の車体側面に貼られていたラストランのステッカーです。
以前から撮影したいと思いながら中々訪問できずに撮影できなかった700形あかね号を最終間近ながら撮影できて良かったです。
2018年12月8日土曜日
惜別 近江鉄道ミュージアム
本日12月8日をもって残念ながら閉館となった近江鉄道ミュージアムですが、2007年の4月6日と8月26日の二度訪問した時の画像を今回公開したいと思います。
こちらは8月26日にミュージアム内にある駅名標と電気機関車などを一緒に撮影したもので、この頃はまだ電気機関車もきれいな状態で、バラストもまだまだきれいな状態でした。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車の並びで、右からED314、ED143、ロコ1101が並んでいました。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車のED4001ですが、パンタグラフは上がってませんでした。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車のED14の並びで、どちらもパンタグラフは上がってませんでしたが、右側のED141はスノープラウを装備されていて、左側のED144は国鉄時代の茶色に塗装されていました。
こちらは4月6日に撮影したLE10形13号車です。
こちらも4月6日に撮影した500系501号車です。
こちらは8月26日に撮影した左から蒸気機関車の輪軸とED14電気機関車の車輪で、背景に近江鉄道の資料館が写っています。
近江鉄道資料館の中には様々なものが展示されてましたが、一番目立つところにパンタグラフが展示されていました。
懐かしい行先表示板も多く展示されていました。
どこの駅でいつ頃まで使用されていたかわかりませんが、懐かしい発車標が展示されていました。
タブレット閉塞機も展示されていました。
こちらは8月26日に訪問した時の入場券で、硬券切符となっていました。
地方私鉄でこれだけの規模の博物館は中々ないだけに閉館は残念でありますが、経営の苦しい中をこれまで維持してくださって本当にありがとうございました。
こちらは8月26日にミュージアム内にある駅名標と電気機関車などを一緒に撮影したもので、この頃はまだ電気機関車もきれいな状態で、バラストもまだまだきれいな状態でした。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車の並びで、右からED314、ED143、ロコ1101が並んでいました。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車のED4001ですが、パンタグラフは上がってませんでした。
こちらも8月26日に撮影した電気機関車のED14の並びで、どちらもパンタグラフは上がってませんでしたが、右側のED141はスノープラウを装備されていて、左側のED144は国鉄時代の茶色に塗装されていました。
こちらは4月6日に撮影したLE10形13号車です。
こちらも4月6日に撮影した500系501号車です。
こちらは8月26日に撮影した左から蒸気機関車の輪軸とED14電気機関車の車輪で、背景に近江鉄道の資料館が写っています。
近江鉄道資料館の中には様々なものが展示されてましたが、一番目立つところにパンタグラフが展示されていました。
懐かしい行先表示板も多く展示されていました。
どこの駅でいつ頃まで使用されていたかわかりませんが、懐かしい発車標が展示されていました。
タブレット閉塞機も展示されていました。
こちらは8月26日に訪問した時の入場券で、硬券切符となっていました。
地方私鉄でこれだけの規模の博物館は中々ないだけに閉館は残念でありますが、経営の苦しい中をこれまで維持してくださって本当にありがとうございました。
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