今回は少し前の撮影分となりますが、9月22日に撮影した近鉄5800系5803F(DH03)「海遊館トレイン」を取り上げたいと思います。
海遊館開業30周年を記念して今年の4月3日から運行が開始された近鉄5800系5803F(DH03)にラッピングを施した「海遊館トレイン」ですが、運行開始から半年近く経過してようやく撮影することができました。白地にパステルカラーで描かれた魚のイラストのデザインがとても上品で好感の持てるデザインだと思いました。
2020年9月22日 近鉄大阪線今里 4475レ DH03
2020年11月23日月曜日
2020年11月16日月曜日
阪堺線宿院停留場に副駅名「千利休屋敷跡前」を設定
今回はかなり前の話題となりますが、今年に入って阪堺電車の阪堺線宿院停留場に副駅名「千利休屋敷跡前」が設定されましたので、11月8日に宿院停留場の副駅名が追加された新しい駅名標を撮影してまいりました。
こちらの上の画像は今回副駅名が追加された新しい宿院停留場の駅名標です。漢字の「宿院」の下に「(千利休屋敷跡前)」と新たに副駅名が記されているのが確認できます。そして、今回の駅名標には副駅名の下にこれまでの英語の駅名での表記の他に韓国語と中国語の駅名の表記が追加されました。
またこの宿院停留場は観光スポット「さかい利晶の杜」の最寄駅であることから駅名標の上の「さかい利晶の杜」の看板が設置されています。
そして、今回初めて千利休屋敷跡を訪問しました。こちらの上の画像は千利休屋敷跡の門で、訪問した当時の開門時間は10:00から17:00で、門の入口には新型コロナウイルスの感染予防のためのアルコール消毒薬も設置されていました。こちらの千利休屋敷跡(せんのりきゅうやしきあと) さかい利晶の杜のページで千利休屋敷跡の紹介がされています。
こちらの上の画像は千利休屋敷跡の門の入口にあった石碑で、「千利休屋敷址」と書かれてました。
こちらの上の画像は千利休屋敷跡の中の様子で、訪問した当日は堺市のボランティアのガイドさんが熱心に説明してくださいました。また当日は自分以外の観光客の方は1名おられただけでしたので入場制限はありませんでしたが、人数が多くなると入場制限させてもらうことがあるとガイドさんが仰っておられました。
そして、こちらの上の画像は千利休屋敷跡の道を挟んで西側にある「さかい利晶の杜」です。
そして、これからは過去の画像ですが、こちらの上の画像は副駅名設定前の宿院停留場の駅名標で、2016年に宿院停留場が移設された時に設置されたものです。
この宿院停留場の移設された際に駅名標の上に「さかい利晶の杜」の看板が設置されました。
最後になりますが、こちらの上の画像は宿院停留場移設前の駅名標です。
こちらの上の画像は今回副駅名が追加された新しい宿院停留場の駅名標です。漢字の「宿院」の下に「(千利休屋敷跡前)」と新たに副駅名が記されているのが確認できます。そして、今回の駅名標には副駅名の下にこれまでの英語の駅名での表記の他に韓国語と中国語の駅名の表記が追加されました。
またこの宿院停留場は観光スポット「さかい利晶の杜」の最寄駅であることから駅名標の上の「さかい利晶の杜」の看板が設置されています。
そして、今回初めて千利休屋敷跡を訪問しました。こちらの上の画像は千利休屋敷跡の門で、訪問した当時の開門時間は10:00から17:00で、門の入口には新型コロナウイルスの感染予防のためのアルコール消毒薬も設置されていました。こちらの千利休屋敷跡(せんのりきゅうやしきあと) さかい利晶の杜のページで千利休屋敷跡の紹介がされています。
こちらの上の画像は千利休屋敷跡の門の入口にあった石碑で、「千利休屋敷址」と書かれてました。
こちらの上の画像は千利休屋敷跡の中の様子で、訪問した当日は堺市のボランティアのガイドさんが熱心に説明してくださいました。また当日は自分以外の観光客の方は1名おられただけでしたので入場制限はありませんでしたが、人数が多くなると入場制限させてもらうことがあるとガイドさんが仰っておられました。
そして、こちらの上の画像は千利休屋敷跡の道を挟んで西側にある「さかい利晶の杜」です。
そして、これからは過去の画像ですが、こちらの上の画像は副駅名設定前の宿院停留場の駅名標で、2016年に宿院停留場が移設された時に設置されたものです。
この宿院停留場の移設された際に駅名標の上に「さかい利晶の杜」の看板が設置されました。
最後になりますが、こちらの上の画像は宿院停留場移設前の駅名標です。
2020年11月11日水曜日
惜別 京阪800系(2代)旧塗装車
昨日の11月10日をもって京阪800系(2代)の旧塗装車の運転が終了したということで、今回は在りし日の800系(2代)旧塗装車の姿をご覧いただきたいと思います。
まずは2013年に京津線上栄町-浜大津(現在のびわ湖浜大津)間で後追い撮影をした800系(2代)旧塗装車です。
次は2020年9月に800系(2代)旧塗装車がびわ湖浜大津駅を発車し、京津線へのカーブを走るところを撮影したものです。
最後は同じく2020年9月に京津線びわ湖浜大津-上栄町間で撮影した800系(2代)旧塗装車です。
琵琶湖をイメージした水色と白をベースに黄色の帯を配したこの800系(2代)登場時からの塗装はとてもよく似合っていたので見られなくなるのは残念でなりません。また何かの機会に復活することを願うばかりです。
まずは2013年に京津線上栄町-浜大津(現在のびわ湖浜大津)間で後追い撮影をした800系(2代)旧塗装車です。
次は2020年9月に800系(2代)旧塗装車がびわ湖浜大津駅を発車し、京津線へのカーブを走るところを撮影したものです。
最後は同じく2020年9月に京津線びわ湖浜大津-上栄町間で撮影した800系(2代)旧塗装車です。
琵琶湖をイメージした水色と白をベースに黄色の帯を配したこの800系(2代)登場時からの塗装はとてもよく似合っていたので見られなくなるのは残念でなりません。また何かの機会に復活することを願うばかりです。
2020年11月6日金曜日
南海6000系 フォト・ギャラリー
南海6000系のフォト・ギャラリーです。
高野線浅香山-我孫子前間を走る6000系。
高野線三国ヶ丘-百舌鳥八幡間を走る6000系(前4両)。
これらの画像は南海電気鉄道 6000系 - MYSTERY TRAIN PHOTO GALLERYでも公開しております。
高野線浅香山-我孫子前間を走る6000系。
高野線三国ヶ丘-百舌鳥八幡間を走る6000系(前4両)。
これらの画像は南海電気鉄道 6000系 - MYSTERY TRAIN PHOTO GALLERYでも公開しております。
2020年10月30日金曜日
街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編 第19回 城東区
今回は約1ヵ月ぶりとなる「街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編」の記事となりますが、第19回となる今回は城東区でございます。今回の城東区は1943年に東成区北西部と旭区南部を分離して誕生した区で、1955年に北河内郡茨田町(現在の鶴見区の一部)を編入し、1974年に東部(大阪内環状線以東、第二寝屋川以北)を鶴見区に分離して現在の区域となりました(詳しくはWikipediaをご覧ください)。
それでは今回の城東区最初の街区表示板は左の画像の「城東区新喜多一丁目2」であります。
その「城東区新喜多一丁目2」の住所に該当するのはJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅であります。こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)京橋駅の南口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の南口の改札口を撮影したものです。
こちらの上の画像は住所は都島区となりますが、JR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口を撮影したものです。撮影した今年の8月は改修中だったためにシートで覆われていました。
このJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口は京阪電鉄京阪本線京橋駅東口と真正面の位置にあるので、JR京橋駅の改札口の中では一番乗降が多い改札口であります。
この北口のすぐそばには「大阪環状線改造プロジェクト」という看板があり、リニューアル後の北口の様子を描いた絵もありました。
こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口の改札口を撮影したものです。
このJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の大阪環状線のホームは相対式ホーム2面2線となっております。こちらの上の画像は大阪環状線内回り3番線ホームから323系を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は内回り3番線ホームから片町線(学研都市線)・JR東西線と南出口・西出口への階段を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホームを撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホーム北側から都島区編で取り上げた旧国鉄淀川連絡線(淀川貨物線)への分岐跡を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホームから片町線(学研都市線)・JR東西線と南出口・西出口への階段を撮影したものです。
JR京橋駅の片町線(学研都市線)・JR東西線のホームは単式2面2線となっております。こちらの上の画像はJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームで駅名標と207系を西寄りで撮影したものです。
こちらの上の画像はJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームで207系を入れて撮影したもので、東側に狭くホームが伸びているのが確認できます。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームで駅名標と207系を西寄りで撮影したものです。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームで207系を入れて撮影したもので、こちらのホームも東側に狭くホームが伸びているのが確認できます。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームとJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームに停車する207系を入れて撮影したもので、単式2面2線ホームらしい風景を撮ってみました。
次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区鴫野西五丁目2」であります。
その「城東区鴫野西五丁目2」の住所に該当するのはJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅であります。こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の東口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の東口の改札口を撮影したものです。
こちらの上の画像は今年の7月18日にオープンした商業施設「ビエラタウン鴫野」ともに供用が開始されたJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の西口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の西口の改札口を撮影したものです。
このJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅のホームは相対式と島式ホームによる3面4線の構造となっており、こちらの上の画像は片町線(学研都市線)京橋・北新地・尼崎方面のりばとなる4番線ホームから撮影したものであります。
こちらの上の画像はおおさか東線放出・久宝寺方面のりばとなる1番線ホームから撮影したものであります。
こちらの上の画像は島式ホームのおおさか東線新大阪方面のりばとなる2番線ホームと片町線(学研都市線)京橋・北新地・尼崎方面のりばとなる3番線ホームから撮影したもので、出口の案内には地下鉄(今里筋線)(大阪メトロ今里筋線)への乗換えの案内が表記されていました。
次はほんの少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区鴫野東一丁目13」であります。
その「城東区鴫野東一丁目13」の住所に該当するのは大阪メトロ今里筋線鴫野駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線鴫野駅2号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線鴫野駅の改札口と切符売り場であります。
床にはJR学研都市線鴫野駅への乗換え案内が表示されていますが、まだおおさか東線の表記はありませんでした。
この大阪メトロ今里筋線鴫野駅のホームの構造は島式ホーム1面2線となっており、こちらの上の画像はメトロ今里筋線鴫野駅のホームと駅名標、80系を入れて撮影したものです。
次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区今福西三丁目6」であります。
その「城東区今福西三丁目6」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅であります。こちらの上の画像は住所に該当する大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅のエレベーター乗降口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の長堀鶴見緑地線の改札口と切符売り場です。
この大阪メトロ長堀鶴見緑地線蒲生四丁目駅のホームの構造は島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像も大阪メトロ長堀鶴見緑地線蒲生四丁目駅のホームで、今里筋線への連絡通路と右端に少し70系が写っております。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線蒲生四丁目駅のホームで、こちらの今里筋線のホームの構造も島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線蒲生四丁目駅の今里方面行きのりばの1番線で、駅名標とホームドアを入れて撮影したものです。
床には長堀鶴見緑地線への乗換え案内が表示されています。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の今里筋線の改札口と切符売り場です。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の6号出入口で、今里筋線開業によってできた出入口であります。
こちらの上の画像は蒲生四丁目駅の地上にある蒲生4交差点を南東側から撮影したもので、この蒲生4交差点は昭和の頃から自動車による交通の要所でありましたが、平成になってから地下鉄(大阪メトロ)の長堀鶴見緑地線と今里筋線が開業し、鉄道の駅としても城東区内で要所といえる駅のひとつとなりました。
次も少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区今福東二丁目14」であります。
その「城東区今福東二丁目14」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅1号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅の切符売り場と改札口であります。
そして、大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅のホームは島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅の駅名標とかなり小さいながらも70系を絡めて撮影したものです。
こちらの上の画像は今福鶴見駅の地上にある鶴見4交差点を街区表示板の住所に該当する今福鶴見駅1号出入口がある北西側から4号出入口のある南東側を撮影したもので、この鶴見4交差点を南北に走る国道479号(大阪内環状線)を境に西側が城東区、東側が鶴見区となっており、今福鶴見駅も1、2号出入りが城東区、3、4号出入口が鶴見区と区界にあることになります。
こちらの上の画像は先ほどと同じく1号出入口がある北西側から西側を撮影したもので、左奥に昭和の雰囲気が残るイズミヤの看板の建物が見えますが、このイズミヤは1975年にオープンした今福店で、最近リニューアルされたそうですが、45年を経過した現在も営業を続けておられてるのでできるだけ長く続いてほしいものであります。
次も少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区関目五丁目2」であります。
その「城東区関目五丁目2」の街区表示板の住所に該当するのは大阪メトロ今里筋線関目成育駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅1号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅の改札口と切符売り場です。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅の改札口を改札内から撮影したもので、床には「谷町線には連絡しておりません」と近くにある大阪メトロ谷町線関目高殿駅への乗換えができないことを表示しています。
こちらの上の画像の看板にも「当駅では谷町線への乗換えはできません」、「谷町線への乗換えは太子橋今市駅又は緑橋駅・谷町四丁目駅をご利用ください」と表記されています。
この大阪メトロ関目成育駅は2層式で各1面1線の地下駅となっており、こちらの上の画像は地下2階となる今里方面1番線ホームであります。
こちらの上の画像も同じく今里方面1番線ホームで、奥には地下4階にある井高野方面2番線ホームへの階段があります。
こちらの上の画像は右端が改札階へ上がる階段、中央が地下4階の井高野方面2番線ホームから直接改札階へ上がるエスカレーターとなっております。
そして、こちらの上の画像は地下4階となる井高野方面2番線ホームであります。
こちらの上の画像は地下4階となる井高野方面2番線ホームに停車する80系で、この関目成育駅に発着する井高野方面の列車は駅の構造上大阪メトロ今里筋線の途中駅で唯一進行方向に向かって左側の扉が開く駅となります。
こちらの上の画像は同じく井高野方面2番線ホームで階上の今里方面1番線ホームなどへの案内を中心に撮影したものです。
次はほんの少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区関目五丁目1」であります。
その「城東区関目五丁目1」の街区表示板の住所に該当するのは京阪電鉄京阪本線関目駅であります。こちらの上の画像は京阪電鉄京阪本線関目駅の西側の出入口を撮影したものです。
そして、こちらの京阪電鉄京阪本線関目駅の西側の出入口は先ほどの大阪メトロ今里筋線関目成育駅1号出入口と隣接しております。
そして、京阪電鉄京阪本線関目駅のホームは通過線2本を挟んだ相対式2面2線のホームとなっております。こちらの上の画像は淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は同じく淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は2012年にクラシックタイプとなった初代3000系を淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて撮影したものです。
次は少し移動しまして、画像で既に駅名がバレてしまってますが(汗)、左の街区表示板の画像の「城東区成育三丁目15」であります。
その「城東区成育三丁目15」の住所に該当するのは京阪電鉄京阪本線野江駅で、こちらの上の画像は京阪電鉄京阪本線野江駅の西側の出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は先ほどの京阪電鉄京阪本線野江駅の西側の出入口を入ったところから振り向いて西側を撮影したものですが、150m先にあるJRおおさか東線への乗換えの案内がありました。
そして、京阪電鉄京阪本線野江駅のホームは先ほどの関目駅と同じく通過線2本を挟んだ相対式2面2線のホームとなっております。こちらの上の画像は淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は同じく淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて撮影したものです。
こちらの上の画像は2008年に1900系特急色を淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて撮影したものです。
次はほんの少し移動しまして、本来は「城東区野江三丁目29」の街区表示板を掲載したかったのですが、自分には見つけられませんでしたので、2番違い左の街区表示板の画像の「城東区野江三丁目27」であります。
その2番違いの「城東区野江三丁目27」の住所に該当するのはJRおおさか東線JR野江駅で、こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の野江口(西口)を撮影したものです。
そして、こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の成育口(東口)を撮影したものです。
こちらの上の画像は改札側から出口の案内を撮影したものですが、野江口(西口)の下に地下鉄(谷町線)(大阪メトロ谷町線野江内代駅)、成育口(東口)の下に京阪電車(京阪電鉄京阪本線野江駅)への乗換えが表記されています。
こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の改札口と切符売り場を撮影したものです。
こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅のホームを撮影したもので、相対式2面2線のホームとなっております。
こちらの上の画像は2番線ホームに停車する201系久宝寺行きを1番線ホームから撮影したものです。
最後はそれなりに移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区森之宮一丁目6」であります。
その「城東区森之宮一丁目6」の住所に該当するのはJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所で、こちらの上の画像は所在地が中央区となるJR大阪環状線大阪城公園駅のホームから撮影したJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所(森ノ宮電車区)の様子であります。またこのJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所(森ノ宮電車区)の東隣(住所も「城東区森之宮一丁目6」までは同じ)には大阪メトロ森ノ宮検車場がありますが、今回撮影が間に合わず掲載することができませんでした。申し訳ございません。
今回の城東区の鉄道路線は1969年1月31日の運転を最後に大阪市電天満今福線が廃止されてから貨物線を除くとJR大阪環状線、片町線(学研都市線)京阪電鉄京阪本線のみで、居住地域や利用路線によっては隣接する行政区や自治体が所在地の駅を利用されていた方も多く、鉄道空白地帯の多い区でありましたが、1990年3月20日に国際花と緑の博覧会(花博)へのアクセス路線として当時の大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)長堀鶴見緑地線が開業してからは、2006年12月24日に当時の大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)今里筋線が開業、さらに2019年3月16日にはJRおおさか東線が全線開通したことによって区内の鉄道空白地帯はほぼ解消した状態となり、また1997年3月8日にJR東西線が開業してからは片町線(学研都市線)の列車が接続するようになってからは大阪市中心部や神戸・宝塚方面へ直接アクセスできるようになり、利便性も昭和の頃と比べると格段に向上したように思います。
今回も毎度のことながら記事の内容・画像とも粗い感じで取材不足な面もあり申し訳ございませんが、今後もご愛顧のほどよろしくお願い致します。
それでは今回の城東区最初の街区表示板は左の画像の「城東区新喜多一丁目2」であります。
その「城東区新喜多一丁目2」の住所に該当するのはJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅であります。こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)京橋駅の南口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の南口の改札口を撮影したものです。
こちらの上の画像は住所は都島区となりますが、JR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口を撮影したものです。撮影した今年の8月は改修中だったためにシートで覆われていました。
このJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口は京阪電鉄京阪本線京橋駅東口と真正面の位置にあるので、JR京橋駅の改札口の中では一番乗降が多い改札口であります。
この北口のすぐそばには「大阪環状線改造プロジェクト」という看板があり、リニューアル後の北口の様子を描いた絵もありました。
こちらの上の画像はJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の北口の改札口を撮影したものです。
このJR大阪環状線・片町線(学研都市線)・東西線京橋駅の大阪環状線のホームは相対式ホーム2面2線となっております。こちらの上の画像は大阪環状線内回り3番線ホームから323系を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は内回り3番線ホームから片町線(学研都市線)・JR東西線と南出口・西出口への階段を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホームを撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホーム北側から都島区編で取り上げた旧国鉄淀川連絡線(淀川貨物線)への分岐跡を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪環状線外回り4番線ホームから片町線(学研都市線)・JR東西線と南出口・西出口への階段を撮影したものです。
JR京橋駅の片町線(学研都市線)・JR東西線のホームは単式2面2線となっております。こちらの上の画像はJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームで駅名標と207系を西寄りで撮影したものです。
こちらの上の画像はJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームで207系を入れて撮影したもので、東側に狭くホームが伸びているのが確認できます。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームで駅名標と207系を西寄りで撮影したものです。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームで207系を入れて撮影したもので、こちらのホームも東側に狭くホームが伸びているのが確認できます。
こちらの上の画像は片町線(学研都市線)四條畷・同志社前方面2番線ホームとJR東西線北新地・尼崎方面1番線ホームに停車する207系を入れて撮影したもので、単式2面2線ホームらしい風景を撮ってみました。
次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区鴫野西五丁目2」であります。
その「城東区鴫野西五丁目2」の住所に該当するのはJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅であります。こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の東口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の東口の改札口を撮影したものです。
こちらの上の画像は今年の7月18日にオープンした商業施設「ビエラタウン鴫野」ともに供用が開始されたJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の西口を撮影したものです。
こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅の西口の改札口を撮影したものです。
このJR片町線(学研都市線)・おおさか東線鴫野駅のホームは相対式と島式ホームによる3面4線の構造となっており、こちらの上の画像は片町線(学研都市線)京橋・北新地・尼崎方面のりばとなる4番線ホームから撮影したものであります。
こちらの上の画像はおおさか東線放出・久宝寺方面のりばとなる1番線ホームから撮影したものであります。
こちらの上の画像は島式ホームのおおさか東線新大阪方面のりばとなる2番線ホームと片町線(学研都市線)京橋・北新地・尼崎方面のりばとなる3番線ホームから撮影したもので、出口の案内には地下鉄(今里筋線)(大阪メトロ今里筋線)への乗換えの案内が表記されていました。
次はほんの少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区鴫野東一丁目13」であります。
その「城東区鴫野東一丁目13」の住所に該当するのは大阪メトロ今里筋線鴫野駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線鴫野駅2号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線鴫野駅の改札口と切符売り場であります。
床にはJR学研都市線鴫野駅への乗換え案内が表示されていますが、まだおおさか東線の表記はありませんでした。
この大阪メトロ今里筋線鴫野駅のホームの構造は島式ホーム1面2線となっており、こちらの上の画像はメトロ今里筋線鴫野駅のホームと駅名標、80系を入れて撮影したものです。
次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区今福西三丁目6」であります。
その「城東区今福西三丁目6」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅であります。こちらの上の画像は住所に該当する大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅のエレベーター乗降口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の長堀鶴見緑地線の改札口と切符売り場です。
この大阪メトロ長堀鶴見緑地線蒲生四丁目駅のホームの構造は島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像も大阪メトロ長堀鶴見緑地線蒲生四丁目駅のホームで、今里筋線への連絡通路と右端に少し70系が写っております。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線蒲生四丁目駅のホームで、こちらの今里筋線のホームの構造も島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線蒲生四丁目駅の今里方面行きのりばの1番線で、駅名標とホームドアを入れて撮影したものです。
床には長堀鶴見緑地線への乗換え案内が表示されています。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の今里筋線の改札口と切符売り場です。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線・今里筋線蒲生四丁目駅の6号出入口で、今里筋線開業によってできた出入口であります。
こちらの上の画像は蒲生四丁目駅の地上にある蒲生4交差点を南東側から撮影したもので、この蒲生4交差点は昭和の頃から自動車による交通の要所でありましたが、平成になってから地下鉄(大阪メトロ)の長堀鶴見緑地線と今里筋線が開業し、鉄道の駅としても城東区内で要所といえる駅のひとつとなりました。
次も少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区今福東二丁目14」であります。
その「城東区今福東二丁目14」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅1号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅の切符売り場と改札口であります。
そして、大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅のホームは島式ホーム1面2線となっております。
こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅の駅名標とかなり小さいながらも70系を絡めて撮影したものです。
こちらの上の画像は今福鶴見駅の地上にある鶴見4交差点を街区表示板の住所に該当する今福鶴見駅1号出入口がある北西側から4号出入口のある南東側を撮影したもので、この鶴見4交差点を南北に走る国道479号(大阪内環状線)を境に西側が城東区、東側が鶴見区となっており、今福鶴見駅も1、2号出入りが城東区、3、4号出入口が鶴見区と区界にあることになります。
こちらの上の画像は先ほどと同じく1号出入口がある北西側から西側を撮影したもので、左奥に昭和の雰囲気が残るイズミヤの看板の建物が見えますが、このイズミヤは1975年にオープンした今福店で、最近リニューアルされたそうですが、45年を経過した現在も営業を続けておられてるのでできるだけ長く続いてほしいものであります。
次も少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区関目五丁目2」であります。
その「城東区関目五丁目2」の街区表示板の住所に該当するのは大阪メトロ今里筋線関目成育駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅1号出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅の改札口と切符売り場です。
こちらの上の画像は大阪メトロ今里筋線関目成育駅の改札口を改札内から撮影したもので、床には「谷町線には連絡しておりません」と近くにある大阪メトロ谷町線関目高殿駅への乗換えができないことを表示しています。
こちらの上の画像の看板にも「当駅では谷町線への乗換えはできません」、「谷町線への乗換えは太子橋今市駅又は緑橋駅・谷町四丁目駅をご利用ください」と表記されています。
この大阪メトロ関目成育駅は2層式で各1面1線の地下駅となっており、こちらの上の画像は地下2階となる今里方面1番線ホームであります。
こちらの上の画像も同じく今里方面1番線ホームで、奥には地下4階にある井高野方面2番線ホームへの階段があります。
こちらの上の画像は右端が改札階へ上がる階段、中央が地下4階の井高野方面2番線ホームから直接改札階へ上がるエスカレーターとなっております。
そして、こちらの上の画像は地下4階となる井高野方面2番線ホームであります。
こちらの上の画像は地下4階となる井高野方面2番線ホームに停車する80系で、この関目成育駅に発着する井高野方面の列車は駅の構造上大阪メトロ今里筋線の途中駅で唯一進行方向に向かって左側の扉が開く駅となります。
こちらの上の画像は同じく井高野方面2番線ホームで階上の今里方面1番線ホームなどへの案内を中心に撮影したものです。
次はほんの少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区関目五丁目1」であります。
その「城東区関目五丁目1」の街区表示板の住所に該当するのは京阪電鉄京阪本線関目駅であります。こちらの上の画像は京阪電鉄京阪本線関目駅の西側の出入口を撮影したものです。
そして、こちらの京阪電鉄京阪本線関目駅の西側の出入口は先ほどの大阪メトロ今里筋線関目成育駅1号出入口と隣接しております。
そして、京阪電鉄京阪本線関目駅のホームは通過線2本を挟んだ相対式2面2線のホームとなっております。こちらの上の画像は淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は同じく淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は2012年にクラシックタイプとなった初代3000系を淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて撮影したものです。
次は少し移動しまして、画像で既に駅名がバレてしまってますが(汗)、左の街区表示板の画像の「城東区成育三丁目15」であります。
その「城東区成育三丁目15」の住所に該当するのは京阪電鉄京阪本線野江駅で、こちらの上の画像は京阪電鉄京阪本線野江駅の西側の出入口を撮影したものです。
こちらの上の画像は先ほどの京阪電鉄京阪本線野江駅の西側の出入口を入ったところから振り向いて西側を撮影したものですが、150m先にあるJRおおさか東線への乗換えの案内がありました。
そして、京阪電鉄京阪本線野江駅のホームは先ほどの関目駅と同じく通過線2本を挟んだ相対式2面2線のホームとなっております。こちらの上の画像は淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから出町柳方を向いて駅名標を入れて撮影したものです。
こちらの上の画像は同じく淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて撮影したものです。
こちらの上の画像は2008年に1900系特急色を淀屋橋・中之島方面の2番線ホームから淀屋橋・中之島方を向いて撮影したものです。
次はほんの少し移動しまして、本来は「城東区野江三丁目29」の街区表示板を掲載したかったのですが、自分には見つけられませんでしたので、2番違い左の街区表示板の画像の「城東区野江三丁目27」であります。
その2番違いの「城東区野江三丁目27」の住所に該当するのはJRおおさか東線JR野江駅で、こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の野江口(西口)を撮影したものです。
そして、こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の成育口(東口)を撮影したものです。
こちらの上の画像は改札側から出口の案内を撮影したものですが、野江口(西口)の下に地下鉄(谷町線)(大阪メトロ谷町線野江内代駅)、成育口(東口)の下に京阪電車(京阪電鉄京阪本線野江駅)への乗換えが表記されています。
こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅の改札口と切符売り場を撮影したものです。
こちらの上の画像はJRおおさか東線JR野江駅のホームを撮影したもので、相対式2面2線のホームとなっております。
こちらの上の画像は2番線ホームに停車する201系久宝寺行きを1番線ホームから撮影したものです。
最後はそれなりに移動しまして、左の街区表示板の画像の「城東区森之宮一丁目6」であります。
その「城東区森之宮一丁目6」の住所に該当するのはJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所で、こちらの上の画像は所在地が中央区となるJR大阪環状線大阪城公園駅のホームから撮影したJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所(森ノ宮電車区)の様子であります。またこのJR西日本吹田総合車両所森ノ宮支所(森ノ宮電車区)の東隣(住所も「城東区森之宮一丁目6」までは同じ)には大阪メトロ森ノ宮検車場がありますが、今回撮影が間に合わず掲載することができませんでした。申し訳ございません。
今回の城東区の鉄道路線は1969年1月31日の運転を最後に大阪市電天満今福線が廃止されてから貨物線を除くとJR大阪環状線、片町線(学研都市線)京阪電鉄京阪本線のみで、居住地域や利用路線によっては隣接する行政区や自治体が所在地の駅を利用されていた方も多く、鉄道空白地帯の多い区でありましたが、1990年3月20日に国際花と緑の博覧会(花博)へのアクセス路線として当時の大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)長堀鶴見緑地線が開業してからは、2006年12月24日に当時の大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)今里筋線が開業、さらに2019年3月16日にはJRおおさか東線が全線開通したことによって区内の鉄道空白地帯はほぼ解消した状態となり、また1997年3月8日にJR東西線が開業してからは片町線(学研都市線)の列車が接続するようになってからは大阪市中心部や神戸・宝塚方面へ直接アクセスできるようになり、利便性も昭和の頃と比べると格段に向上したように思います。
今回も毎度のことながら記事の内容・画像とも粗い感じで取材不足な面もあり申し訳ございませんが、今後もご愛顧のほどよろしくお願い致します。
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