2021年1月31日日曜日

阪堺上町線住吉-住吉公園間廃止から5年

5年前の2016年1月30日を最後に阪堺上町線住吉-住吉公園間の営業が終了となり、翌日の2016年1月31日に正式に廃止となりましたが、廃止されてから5年となる今年も阪堺上町線住吉-住吉公園間について振り返ってみたいと思います。この阪堺上町線住吉-住吉公園間を振り返る記事は毎年直近の住吉交叉点や廃止区間の画像と廃止前の画像を比較する記事を投稿しておりましたが、今回は直近に撮影した画像がありませんので、過去に投稿した画像が大半となりますが、今回は阪堺上町線住吉-住吉公園間の廃止前の画像をご覧いただけたらと思います。


こちらの上の画像は2007年に撮影した住吉交叉点を渡って住吉公園へ向かう阪堺標準塗装のモ161形モ167です。現在はモ167も廃車となり、阪堺標準塗装の車両も走っておりませんのでとても懐かしく思います。


こちらの上の画像は1994年秋頃に撮影した住吉1番のりばから発車して住吉交叉点を渡る手前の浜寺駅前行きのモ161形モ171です。当時は消費者金融のレイクの広告車両でしたが、当時は旧型車にも広告車両が多くみられました。


こちらの上の画像は2007年に撮影した上町線上りホームとなる住吉4番のりばに停車する南海大阪軌道線時代の復刻塗装車のモ161形モ163です。


こちらの画像は2015年6月6日に撮影した住吉公園駅の駅舎です。今はもうありませんが、駅近くにあったパチンコ屋さん(銀座会館)の看板が写ってます。


こちらの上の画像は2015年9月27日に撮影した住吉公園駅2番のりばに停車するオレンジ色の雲電車塗装だった頃のモ501形モ504です。


こちらの上の画像は同じく2015年9月27日に撮影したオレンジ色の雲電車塗装だった頃のモ501形モ504の車内の液晶ディスプレイですが、「住吉公園 HN11」という表示も現在は通常見ることがなくなりましたので懐かしく思います。


そして、こちらの上の画像も同じく2015年9月27日に撮影した住吉交叉点を横切るオレンジ色の雲電車塗装のモ501形モ504です。同好の方がよく撮影されていた交叉点を横切るサイドビューの構図、今はもう撮ることができませんので自分も撮っておいて本当に良かったと思っております。


こちらの上の画像は2015年12月23日に撮影した住吉-住吉公園間にあった踏切を渡る昭和40年代復刻車のモ161形モ161です。


こちらの上の画像は南海本線住吉大社駅の改札までの階段の踊り場から見た廃止前の住吉公園駅ホームの先と上町線の線路です。


こちらの上の画像は2015年9月13日に撮影した住吉公園駅に入線するモ351形モ352です。モ352も現在は廃車となってしまいましたが、当時はヘリオス大阪の広告車両として走っていました。また画像奥には現在はありませんが、もう一軒のパチンコ屋さん(パチンコキング)が写っております。


こちらの上の電車が写っていない住吉交叉点の画像は2枚目のモ161形モ171の画像と同じく1994年秋頃に撮影したもので、恐らく電車を入れた写真を撮る前の試し撮りだと思うのですが、今となっては撮っておいて良かったと思ってます。


そして、こちらの上の画像は5年前の最後の住吉公園行き(最後の営業列車は折り返しの天王寺駅前行き)で、昭和40年代復元車のモ161形モ161が大役を務めました。あれから5年とは月日が経つのは本当に早いものだと感じる今日この頃であります。


2021年1月23日土曜日

街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編 第22回 鶴見区

元日のご挨拶以来かなり間が空いてしまいましたが、実質今年最初の記事となる今回は「街区表示板と鉄道の旅 大阪市24区編」の記事でありまして、第22回となる今回は鶴見区でございます。今回の鶴見区は1974年7月22日に城東区から東部(大阪内環状線以東、第二寝屋川以北)を分離して誕生した区であります(詳しくはWikipediaをご覧ください)。

画像はすべて今回の緊急事態宣言前に撮影したものですのでご了承ください。


それでは今回の鶴見区最初の街区表示板は左の画像の「緑地公園1」であります。


その「鶴見区緑地公園1」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅であります。こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅1号出入口を撮影したものです。


こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅の切符売り場を撮影したものです。


こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅の改札口で、改札口の奥に壁画が見えます。


そして、こちらは先ほどの画像の奥の壁画を別の日(2021年1月9日)に撮影したもので、壁画の上に長堀鶴見緑地線開通30周年(京橋-鶴見緑地間)を祝うメッセージがありました。


そして、壁画には1990年にこの鶴見緑地で開催された国際花と緑の博覧会のマスコットキャラクターとして誕生した花ずきんちゃんが描かれています。


この大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅のホームは島式ホーム1面2線となっております。


こちらの上の画像は70系大正行きと駅名標を絡めて撮影したものです。


そして、鶴見緑地公園も少し散策しました。こちらの上の画像は国際花と緑の博覧会のシンボルタワーだった「いのちの塔」を入れて公園の風景を撮影したものです。


そして、こちらの上の画像は国際花と緑の博覧会の大阪市のパビリオンで屋内植物園の「咲くやこの花館」の外観を撮影したものです。


次は少し移動しまして、左の街区表示板の画像の「鶴見区横堤五丁目3」であります。


その「鶴見区横堤五丁目3」の住所に該当するのは大阪メトロ長堀鶴見緑地線横堤駅であります。こちらの上の画像は画像右側が大阪メトロ長堀鶴見緑地線横堤駅4号出入口、左側が長堀鶴見緑地線の乗務員基地となる鶴見乗務所であります。


そして、こちらの上の画像は先ほどの画像の鶴見乗務所の左側になる場所で、現在はフェンスがされていて、手前に地下鉄横堤バス停のベンチがありますが、このフェンスの奥には2013年3月31日まで使用されていた横堤バスターミナルがありました。


こちらの上の画像は大阪メトロ長堀鶴見緑地線横堤駅の切符売り場(手前)と改札口(奥)です。


この大阪メトロ長堀鶴見緑地線横堤駅のホームは島式ホーム1面2線となっております。


こちらの上の画像は70系大正行きと駅名標を絡めて撮影したものです。


最後はそれなりに移動しまして、本来は「鶴見区放出東三丁目21」の街区表示板を掲載したかったのですが、自分には見つけられませんでしたので、1番違いの左の街区表示板の画像の「鶴見区放出東三丁目22」であります。


その1番違いの「鶴見区放出東三丁目21」の住所に該当するのはJR片町線(学研都市線)・おおさか東線放出駅であります。こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線放出駅北口で、主に鶴見区側への玄関口となります。


そして、こちらの上の画像は先ほどの北口とは反対側となる南口で、主に東大阪市側への玄関口となります。


こちらの上の画像はJR片町線(学研都市線)・おおさか東線放出駅の改札口(手前)と切符売り場(奥)を撮影したものです。


このJR片町線(学研都市線)・おおさか東線放出駅のホームは島式ホーム2面4線で、一部の列車を除いて外側の1・4番線を片町線(学研都市線)、内側の2・3番線をおおさか東線の列車が使用する形となっております。


こちらの上の画像は放出駅の1番線の片町線(学研都市線)に207系、2番線におおさか東線に201系が並んで停車しているところを撮影したものです。


こちらの上の画像は放出駅3・4番線ホームから鴫野方面を撮影したものです。2019年3月16日におおさか東線新大阪-放出間が延伸開業してからは鴫野-放出間は片町線(学研都市線)との重複区間となりました。


こちらの上の画像は同じく放出駅3・4番線ホームから徳庵・高井田中央方面を撮影したものです。先ほどの鴫野方面も含めて現在のおおさか東線は元々城東貨物線でしたので現在も旅客列車以外に貨物列車も走っておりますが、自分が訪問した時間帯には貨物列車が走っておりませんでしたので撮影できませんでした。


今回の鶴見区が所在地の駅は大阪メトロ長堀鶴見緑地線鶴見緑地駅と横堤駅、JR片町線(学研都市線)・おおさか東線放出駅の3駅のみと大正区に次いで少ないのですが、鶴見区外の所在地では城東区が所在地で鶴見区との区界にあることから駅名に「鶴見」が入っている大阪メトロ長堀鶴見緑地線今福鶴見駅、区内の茨田地区から近い門真市が所在地の大阪メトロ長堀鶴見緑地線門真南駅、鶴見区と東大阪市の市境近くにあるJR片町線(学研都市線)徳庵駅と鴻池新田駅、所在地が旭区で鶴見区との区界近くにある大阪メトロ今里筋線新森古市駅などを最寄り駅として利用されている鶴見区民の方もおられますので、現在のところ利便性は決して悪くありません。1990年に鶴見緑地で国際花と緑の博覧会(花博)が開催されて当時の大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線京橋-鶴見緑地間が開業するまでの鶴見区の鉄道路線はJR片町線(学研都市線)のみで、鶴見区が所在地の駅も放出駅のみでしたので、JR片町線(学研都市線)以外の鉄道を利用するにはバスか自転車を利用して最寄り駅まで行くしかありませんでしたが、当初は京橋-鶴見緑地間のみながら大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)長堀鶴見緑地線の開業で区内の中心部にも鉄道が走るようになって鉄道空白地帯が少し解消され、1996年12月11日に心斎橋-京橋間が延伸開業されたことによって大阪市内中心部へ直接アクセスできるようになり、翌1997年8月29日には心斎橋-大正間・鶴見緑地-門真南間が延伸開業して全通し、JRも片町線(学研都市線)が1997年3月8日開業のJR東西線との乗り入れを開始してからは大阪市内中心部へ直接アクセスできるようになり、2008年3月15日におおさか東線放出-久宝寺間が開業し、2019年3月16日に新大阪-放出間が開業して、昭和の頃から比べますと鶴見区は格段に鉄道の利便性が向上した区といえると思います。所在地は区外となりますが、大阪モノレールが延伸される予定もあり、門真南駅や鴻池新田駅の近くに駅が設置される予定となってますので更なる利便性向上が期待できそうであります。


今回も毎度ながら記事の内容・画像とも粗い感じで申し訳ございませんが、今後もご愛顧のほどよろしくお願い致します。


2021年1月1日金曜日

謹賀新年 2021

あけましておめでとうございます。

今年も見苦しい画像と稚拙な文章ばかりの記事になると思いますが、ご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。


今年初の画像は以前に撮影したもので申し訳ございせんが、美濃太田車両区に留置されていたDE15ラッセル車(2006年撮影)です。

本年もよろしくお願い申し上げます。